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地球を倫理学で救えるか? 「地球有限主義」

掲題のクエスチョンですが、これは、環境倫理学の本にあったもの(もともとは「」環境問題を倫理学で解決できるか?」というもの)。

自然保護の法政策を専門とする私から見ると、「おもしろい質問をするな」と思います。

もちろん、倫理学を専門とする人から見ると非常に大切なクエスチョンとなるのでしょうが、そこをあえて置いて置き、いきなり結論を書いてしまうと...

倫理学だけで環境問題を解決するのはもちろん無理ですし、従ってこの質問を私がされたとすると、NO と答えざるを得ません。



ただ、環境倫理学の主張する①「地球の有限性」、②「世代間倫理」、③「生物保護」という概念はそれぞれ、法政策の形成の上でも重要な役割を果たしています。

また、倫理的・道徳的・感情的な裏付けなしに環境問題に取り組むことには、限界もあると個人的には思います。



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①の環境の有限性、ですが「加害者と被害者」の構図から、地球の生態系では、すべての行為は他者への危害の可能性があるので、倫理的統制のもとにおかれている、という基本的な倫理の考え方に基づいているとされます。

地球(の資源)を有限と考え、無尽蔵に資源を消費してきたこれまでのライフスタイルの反省とも言えますが、この考えでは、地球を一つの閉じられたものと捉え、個人や国家の個別的な利益よりも、地球全体の利益が優先します。

今読むとびっくりな、ギャレット・ハーディンの救命ボート倫理も、地球を有限と見た場合に人類はどうすべきかということを考えたもの。

少人数の(具体的には先進国の人たち)生き残りのためには他の人達(具体的には途上国の人たち)が犠牲となっても仕方がない、という、今の共和党大統領候補がサポートしそうなこの理論。

これも、環境倫理学の文献を読むと必ず出てきます。

そういう極論に行かず、なんとかこの地球を共有し人類が生存していく(後者については大切でないとする論もありますが)ために。

苦肉の策とも言える理論が、②。

続きは、また来週に。




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